ご注文番号:18525
刀:白鞘入り、拵え付き(保存刀剣)(委託品)
銘:七十三翁 荘司美濃介藤原直胤(花押)
嘉永二二年八月吉日(刻印・助川)
鞘書:荘司美濃介藤原直胤 嘉永4年行年七十三歳の作也
同工師水心子正秀の提唱する復古造法論を実践す
蓋し本作は古作長船景光と倣ひし者と被思料姿態
地刃共に古色有の候 刃長貳尺四寸七分 探山観併誌
新々刀:最上作。武蔵
当社では刀工の出来によって最上作、上々作、上作、普通作を記載しております。
本作の出来は直胤としては上作にランクされる作品です。
研磨済み
はばき:金着せと銀の二重はばき。
刃長:75.1センチ
反り:1.2センチ
目釘穴:1個
元幅:2.80 センチ
先幅:1.75センチ
重ね:0.64センチ
時代:江戸時代末期
体配:身幅、重ね尋常な反りやや広く切先の延びごころの作品
地鉄:小板目肌よく練れて地錵が付き流れ肌目の柾流れとなる、
刃紋:錵出来、匂口の深い直刃基調に小互の目乱れが良く働く。
帽子:乱れ込んで先火焔風となる
特徴:直胤は江戸時代新々刀期を代表する名工の一人である。
安政七年(1778)頃羽前山形に生まれ、荘司蓑兵衛と称し水心子正秀の門に入り、
山形から入封した最後の館林城主秋元家に師の正秀と共に仕えた。
文政四年~五年(1821~1822)頃筑前大掾を受領し、嘉永元年(1848)に美濃介に転じた。
作風は多彩で、文化初期頃は師と同様の大濤瀾乱れの作、
天保頃には大和伝、更に相州伝、美濃伝、山城伝の直刃を巧みにこなしている。
壮年期には備前景光・兼光の作風に似た逆がかった互の目丁字を多く焼き、
師である水心子正秀の唱えた実用論に沿った復古刀を目指したものと思われる。
各地で作品を残し幕末の最上作に評価されている。特に天保時代に作刀された直胤の作品は
「天保打」と呼ばれ、同工の最も優れた作品が作られている。
天保五年(1834)に作られた相州伝の作には重要美術品に指定されているものがあります。
直胤は次郎太郎直勝、水心子正次をはじめとする非常に優れた門人を多く輩出し
安政四年(1857)に七十九歳で没した。
拵:
鍔:円形の鍔に透かしを入れる 京透かしと考える
縁頭:赤銅魚魚子地に稲穂と葵の花を高彫りし金の色絵をほどこす。
鞘:黒に細かな青貝を散らした印籠刻み鞘。
目貫:兜と太刀を高彫りし金の色絵をほどこす。
葵美術より一言:本作は田野辺先生が鞘書を書いているごとく
当時師匠であった水心子正秀が復古刀を求めて
提唱していた事に賛同して直胤がその復古刀を求めて制作した作品であります。
刃紋及び切先ののたれて丸く返る刃紋は正に長光、景光、真景の三作帽子を思い出します。
匂口をわざわざ故意に染みさせ鎌倉期の長船物なかでも景光を写しております。
良くみると実に味わいの有る地金と刃紋です。
葵美術評価鑑定書:保存刀剣鑑定書
全身押し形
価格: 1,750,000円(消費税、送料共)
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