特別保存刀剣 NBTHK Tokubetsu Hozon Paper
No.A00341
白鞘 金着一重ハバキ
\ 1,250,000 (税込)
刃長 : 40.6cm (1尺3寸0分) 反り : 1.0cm (3分)
元幅 : 3.0cm 元重 : 0.8cm
登録証 :
高知県教育委員会
昭和27年06月14日
国 : 摂津国 (大阪府-北西部、兵庫県-南東部)
時代 : 江戸時代初期 寛永頃 1624-1643年頃
鑑定書 :
(財)日本美術刀剣保存協会
特別保存刀剣鑑定書
平成22年05月07日
銘 :
河内守藤原国助(初代)
形状 :
鍛 :
刃文 :
帽子 :
彫物 :
茎 :
平造、庵棟、身幅広めに、重ね厚く、寸延びて、反りつく。
小板目肌つみ、刃寄りなど処々柾がかり、地沸微塵に厚くつき、地景入る。
元を直ぐに短く焼出し、その上はのたれ調に互の目・小互の目交じり、上部は刃幅を増して互の目に丁子風の刃交じり、足入り、匂深く、小沸よくつき、金筋入り、砂流しかかり、玉焼き風交える。
直ぐ調に浅くのたれて小丸に返り、先掃きかける。
表:腰樋に添樋その上に玉、裏:護摩箸に二筋樋その上に玉。
生ぶ、先刃上がり栗尻、鑢目筋違、目釘孔一。
説明 :
初代河内守国助(親国助)は、初代和泉守国貞(親国貞)と同様に堀川門下の末弟子であるが、その初期の作風・銘振りなどから鑑て、事実上の師は、門下の先輩格である越後守国儔であったと推測される。国広歿後、親国貞と共に大坂に移住し、大坂鍛冶の先駆者となり、その後の大坂鍛冶に大きな影響を及ぼしている。河内守受領については明確ではないが、同作に「河内守藤原国助」銘で「寛永3年2月日」紀の薙刀及び短刀などが現存し、さらに年紀はないが、それよりも時代の遡ると思われる河内守銘の遺例があることから、おそらく元和9年、初代国貞の和泉守受領と相前後するものと推測される。彼の子息は何れも優秀で長男:武蔵守国次、次男:二代河内守国助(中河内)、三男:肥後守国康、四男:伊勢守国輝がいる。
この脇指は、身幅広めに、重ねが厚く、寸が延びて、反りがついた、所謂だんびらな造込みとなり、慶長から元和・寛永頃に比較的に多く見受けられる。地鉄は、小板目肌がよくつみ、地沸を微塵に厚く敷き、地景が入り、精美にして、堀川一門のザングリとした肌合いとはならない。刃文は、元に直ぐの焼出しごころをみせ、その上は、下半は彫物を意識してやや焼きを低くし、小のたれを主張に互の目・小互の目を交え、上半は焼きを一段と高くし、互の目乱れに、丁子風の刃を交え、少しく玉を焼き、小沸よくつき、砂流しかかる。彫物は、表裏に、護摩箸・二筋樋をあらわし、樋が三筋になるものは、まま堀川物に見受けられる特徴となる。堂々とした体配に、華やかに乱れた互の目丁子と洗練された彫物となり、地鉄が、慶長年間の堀川物よりも精美であることが好ましい。
備考 :
新刀 上作。
業物。
上研磨済み。新規白鞘製作。



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