種別・銘
刀 銘 羽州荘内住藤原清人於江府造之 安政四年八月日
Katana Mei Fujiwara Kiyondo A.D.1857
鑑定書・資料
特別保存刀剣 豊前守藤原清人所載品
[N.B.T.H.K]Tokubetsu Hozon Token Listed items Buzennokami Fujiwara Kiyondo
寸法
長さ(blade length)75.2cm(二尺四寸八分) 反り(Sori)2.0cm
元幅(Motohaba)3.23cm 元重ね(Motokasane)0.79cm 先幅(Sakihaba)2.38cm 先重ね(Sakikasane)0.68cm
時代・国
新々刀 武蔵
形状
鎬造、庵棟、鎬高く、鎬幅狭く、重ね厚く、反りやや高くつき、切先延びて大切先となり、フクラ枯れごころ。
鍛肌
小板目肌よくつみ、僅かに流れごころがあり、地沸細かにつき冴える。
刃文
互の目に丁子交じり、匂口締りごころに小沸つき、足やや長く、葉入って、金筋、砂流しかかる。
帽子
乱れ込み、先尖ってやや長く返る。
彫物
なし。
茎
うぶ、鑢目筋違、先栗尻。
説明
斎藤清人は文政十年、出羽庄内の温海温泉に生まれました。生家は温泉宿であったといいます。嘉永五年に刀工になるために江戸へ出て源清麿の門に入ります。嘉永七年十一月に清麿が自刃したので修業期間は二年余りでしたがよく学び師風を継承しました。その後、清麿が残した刀債を完済したことによって清人の名声を高めました。慶応三年に豊前守を受領しました。明治に入って散髪脱刀令(髷を落とすも、武士が刀を差なくても良いとした)が出ると鍛冶を廃業して、郷里に帰り温泉宿の主人となって晩年を過ごし、明治三十四年に七十五歳で没しました。師風を受け継いだ乱れ刃出来と師には見られない直刃の大和伝を得意としました。本作は前者にあたる作風です。日刀保庄内支部発行の豊前守藤原清人所載品です。




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